「選挙屋」と「政治屋」2003年8月31日
ある友人からのメール。
「当選することだけを目的とした「選挙屋」には絶対なるな。」
これは本当に重たい言葉である。
ただし、どんなに志が崇高であっても、当選しなくては、政策は実現できない。
この現実もまた重たい。
結局、志を忘れずに、当選を勝ち取るしかない。

翻って、わが国の政治家はどうか。
ほとんどが「選挙屋」か「政治屋」ではないか。
自民党の一部の派閥では、総選挙に勝つために、政策転換すれば、党の総裁選では「小泉支持」をするという。首相に向かって「政策転換すれば」とはいったい何なのか。要は政策が違うわけである。本来なら、自分たちの政策と合う別の候補を押し立てるべきである。

総選挙で、「小泉」という顔は利用できる。本当は、利権どっぷりの「抵抗勢力」だが、小泉につくことで「改革派」のふりもできる。政策転換という言葉で、選挙地盤の利権集団にもいい顔ができるという寸法だろう。選挙屋以外の何ものでもない。

 そして、さらにさらに、「勝ち馬」に乗りたい。勝ち馬に乗れば、念願の「大臣」就任も夢ではない。大臣になれば、箔がつき、利益誘導権限も増え、献金も増え、選挙も楽。政治屋である。

このたび、自民党の大物議員の引退が相次ぐが、ほとんどが長男などに世襲するという。
冗談かと思ったが、本当の話である。いつから日本は江戸時代の大名制に逆戻りしたのか。
長男の「若様」は、父である「殿」から、政治屋の利権(かばん)を引き継ぎ、選挙屋の地盤・看板を引き継ぐ。秘書などのスタッフも最初から万全である。

小生もそうだが、世襲でなければ、本当に何もないところからのスタートである。当然スタッフもいない。こんな有利な相手と戦う人間はなかなか出てこない。投票したい人がいないなんてことも起こり、投票率は下がる。

選挙屋と政治屋。自分の連続当選と名誉のために生きる種類の政治家がどんどん製造されている。何としてもこれにストップをかけなければいけない。利権を引き継ぐ「政治屋」・「選挙屋」が、自分に不利な改革を断行するはずがない。
こうして改革が失われて10年。この国の国民はなんと不幸なことか。

地盤・かんばん・カバンの何一つないが、頑張って当選し、非民主主義的で利己的な政治をストップさせたい。政治が信頼を取り戻し、利権と決別し、改革を断行しなければ、本当に日本はつぶれてしまう。我々は、もうこれ以上未来を失うわけにはいかない状況まで来ている。

 
 
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