『劇場型政治と観客民主主義、そしてパフォーマンスの政治の危うさ』2003年10月22日

マスコミはよく、小泉政治を劇場型政治と揶揄する。
一方で、「自分には関係ない」「どうせ変わらない」とする観客民主主義もはびこる。
そして、小泉総理の人気取りパフォーマンスに民衆は飛びつく。
マスコミは喜んで報道する。
ああ一体この国はどうなるんだ。
この国にそんなことをしている余裕はないはず。
普通の改革では日本再生はもう無理なのに。

危機感がない。
民主党合併大会に合わせ藤井総裁の更迭発表と、その後の痴話げんか。
自民党幹事長の抜擢。
田中真紀子さんの外相就任、辞任、そして離党。
自民党総裁選での抵抗勢力の迷走。

面白すぎる。まるで、江戸幕末の「ええじゃないか」。
これでは、危機を脱せるはずがないし、閉塞感も深まるばかりである。

一番恐ろしいのは、何の疑問もなく普通の感覚で見てしまう私たち。
自民党幹事長のあとをキャーキャー追いかける人をテレビでみて「やばい」と思わなくなっている感覚。マスコミも完全に劇場型政治にジャックされた。

小泉政権の最大の罪は、パフォーマンス政治が市民権を得てしまったこと。
政策の中身より見た目を気にする政治。見せ方を気にする政治。
気にするのが当たり前になってしまっている。

見せ方のことで「それじゃ女性票をとれないわよ。」
何度も聞いた。これほど女性を馬鹿にした言い方はないと思うが、
当の女性から言われる。

確実に政治が本質的な政策論から遠ざかっている。
政策はなくとも、パフォーマンスの上手な人ばかりが当選する日も近いのではないか。

行き着く先は・・・。
世界で最も民主的と言われたワイマール憲法下で、ナチスの出現と興隆を許してしまったこと。

まだ間に合う。パフォーマンス政治をいぶかる多くの日本人は健在である。いぶかる人たち、あきらめないで、どうかなるべく多くのいぶからない人に声をかけてください。

日本がそうならないことを祈るしかない。日本の民度を信じるしかない。

改革をしなければいけない状況に陥れた政党が「見せかけの改革」を唱えている。


 
 
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