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国会で、「年金改革」が審議されている。政府提出の年金改革法案が抜本的か否かで朝野を挙げて激論となっているが、年金改革だけを取り上げ議論しても、将来不安の除去や経済再生のための「構造改革」にはつながらない。年金改革とあわせて、税制改革や行政改革、さらには社会構造改革を進める必要がある。
ところで、今、私たちは社会保険料と税金どちらを多く納めているだろうか。サラリーマンの皆様は、是非給与明細をじっくりと見ていただきたい。答えは、「社会保険料」である。1998年以降、社会保険料負担は国税総額をずっと上回っている。2003年度当初予算で比較すると、所得税・消費税・法人税などの国税総額は44兆円なのに対して、厚生年金・国民年金・医療保険などの社会保険料総額は56兆円である。因みに、年金が29兆円、医療保険18兆円に対し、所得税14兆円、消費税12兆円、法人税9兆円である。
もう一つ。高齢者と若年層はどちらが所得が多いだろうか。退職後の高齢者は一般に働いていないので、勤労世代の方が多いのは当然であるが、年金の受け取りを高齢者の所得と考えると、何と、年金を受給している高齢者の方が、年金を負担する若年層より所得が高い。貯蓄などストックを勘案すれば、さらに高齢者が裕福であることは自明である。ところが、日本の年金は、貧乏な若年層が負担し、金持ちの高齢者が受給しているのである。
官僚や族議員による無駄遣いと長期的な制度の安定性を示さないまま年金の制度不信が高まれば、ますます年金の不払いが増えるだろう。既に、企業では、年金の過重負担(法人税以上)から、年金負担を伴う正社員からパートなどの臨時雇用の割合を増やすなどのリストラを加速させている。このことが、閉塞感を増幅させ、景気低迷継続を長引かせ、少子化を促進させ、増税や、年金負担の引き上げと受給の引き下げという「悪循環」を作っている。
この期に及んで、小手先の改革で済ませ、抜本的改革を行わないのは、政府与党・官僚のサボタージュ以外の何ものでもない。この不作為を、我々国民は決して許してはいけない。
「年金改革」に対する小生の結論は、将来不安と年金不信を払拭し、負担が増えないように経済を再度成長軌道に乗せることである。「年金」個別の改革では埒があかないのは言うまでもない。
T.年金制度の基本設計私案
小生の考える年金制度の抜本改革は以下の5点である。今回の改革には間に合わないので、次なる改革の機会のための中期的課題として書いた。
1 1階部分(国民年金=基礎年金)と2階部分(厚生年金等=所得比例年金)の構成割合変更
2 国民年金(基礎年金)への全面的「税方式」の導入
3 国民年金、厚生年金、公務員共済年金など各種年金の一元化
4 年金積立金(約150兆円)の暫時取り崩し
5 年金運用責任の明確化(公務員の不作為責任追及)
構成割合の変更については、基礎年金と2階部分年金は半々(現状はモデル世帯で14万円:24万円)にする。これにより、2階部分年金の負担率は18%から大幅に引き下がる筈である。企業の負担も軽くなり、雇用増へのインセンティブなど経済再生にも貢献する。
所得税中心体系の現行の税制では、賦課年金方式と相まって勤労世代に負担が集中する。1階部分の基礎年金が全額消費税による税方式とすることで、年金受給者である高齢者自身も年金原資である税負担をすることで、勤労者への負担集中を排除できる。また、税方式への移行により「年金未納者問題」や「第3号被保険者(専業主婦)問題」は解消する。
もちろん、基礎年金の割合増加とこの税方式導入で、約15兆円の財源が必要となる。財源については、公共事業の見直しや40兆円にのぼる公務員総人件費の圧縮を含む徹底的な行政改革で5兆円以上捻出し、年金積立金取り崩しで3兆円(50年で取り崩す場合)、残りを消費税の引き上げで7兆円(約3%の引き上げ)で対応する。公共事業の見直しには、景気を悪化させるとの批判もあろうが、効果のない無駄な公共事業よりも、年金制度の安定化に伴う将来不安の除去の方が景気浮揚効果はより高いであろう。また、公務員の総人件費の抑制は、民間企業やNPOでできることはなるべく民間に譲渡するなどに加え、規制緩和、各種制度・手続きの簡素化による必要人員の削減などで可能であろう。(構成割合変更などで法人所得、個人可処分所得増加に伴う税収増加などは捨象する。)
また、税の種類については、当面消費税で対応するのが現実的であるが、将来的には、消費税(間接税)ではなく「累進的支出税」(直接税、*年間消費額に応じて多段階税率適用)にて充当する方が、公平性の観点でも優れている。この件は後述する。
年金の一元化は、各種年金間の不公平を解決するとともに、制度の簡素化を通じ、制度への信頼感の醸成に役立ち、年金行政のコスト削減にも貢献する。特権的な議員年金は当然廃止。
U.年金行政への不信解消
政府自民党が提案している「掛け金負担の最大18%、給付50%維持」というのは信用できるのだろうか。正直言って信用できない人、もう騙されないと思っている人は多いだろう。なぜなら、改革改革と称し国民を欺きながら、5年ごとに負担増・給付減を繰り返してきた歴史があるのに加え、この計算の前提が楽観的過ぎるからである。根拠なく、少子化がとまり出生率が1.38へ回復(現状1.32)したり、年金積立金の運用利回りが3%に設定されていたり、個人所得が順調に伸びる前提になっていたりするのである。また、モデル世帯とは、「夫は40年間就労・妻は就労経験ない専業主婦」という世帯だが、今後の日本の経済環境を考えれば代表的指標として使用できるとは言いがたい、寧ろ経済的に恵まれた特殊ケースであろう。そうであれば「給付水準の50%維持」を政府が率先して吹聴することは、世論操作の免れない。実際、妻が就労経験があったり、独身の世帯などモデル世帯以外の世帯では、いずれのケースも50%を超えていない。少子化の計算を常に間違え、株運用で6兆円もの損失を出している狼少年の政府や厚生官僚を到底信じるわけにはゆかない。国民は、もう「ゆでガエル」をやめなければならない。
また、政官癒着のインチキ利権構造の発覚を隠蔽しようとしているのではないかとの疑いもある。厚生年金の積立金の実態情報は絶対に出てこない。隠蔽され実態がわからなければ、私たちが納めた厚生年金が、官僚によって官僚自身の老後のため、グリーンピアなどの天下り施設に勝手に使われてしまっている実態がわからない。何の責任もとらせることはできない。表沙汰になれば、返り血を浴びる厚生族議員や厚生官僚が必死に抵抗しているのである。全国すべてのグリーンピアは厚生族議員幹部の地元に建設されている。なかには、厚生族議員幹部の関連会社を通じ発注されたものまであるという。少なく見積もっても1兆円以上の積立金が失われてしまったという。
また、今は自主運用という形で切り離されたが、その昔財政投融資という制度を通じて、天下り特殊法人にこの厚生年金の積立資金が、郵貯や簡保などと一緒にプールされごちゃ混ぜにされ流れていた。しかし、その特殊法人の経営実態が詳らかでない以上、不良債権化した金額は不明と言わざるを得ない。納めた年金掛け金はどの程度毀損しているのか見当がつかない。まったくの「伏魔殿」となっている。
しかし、財投から切り離された年金積立金はほぼ満額の約150兆円が財務省の資金運用部から返金されているという。どういうことか。年金積立金が満額あるから安心ということでは決してなさそうである。この不良債権、年金ではなく、おそらく私たちの税金で処理されることになるだけだからである。こっちのマイナスを、あっちのマイナスにつけかえをしただけの「飛ばし」行為である。税か、年金かの違いだけで、すべて私たち国民の負担である。
このインチキを白日のもとにさらされるのを恐れて、抜本的改革をせず、国民の負担を増やし将来不安のどん底に陥れている。約150兆円の積立金の取り崩しをしたがらない理由もここにある。取り崩したら、「飛ばし」ができなくなり、過去のインチキ投資の実態もバレてしまうからである。長年にわたり私たちの年金を食い物にしてきた政官癒着のインチキ構造を徹底的に暴き、責任を追及しなければならない。
V.税制改革 〜 所得税体系から支出税体系へ 〜
国民年金を全額税方式に移行する場合、当面は、その税源を消費税に求めるべきであるが、中長期的には累進型支出税(以下、支出税)の方が望ましい。消費税では、低所得者も高所得者も同率の消費税を納めるという意味で「逆進性」の問題が残ってしまう。今の定額の国民年金(13,300円/人)よりは所得再分配機能があり公平であると言えるが、税方式導入に伴い消費税を引き上げるのであれば、税の方では、所得再分配機能が大きい所得税(累進税率)の割合を低めてしまい、国民負担トータルでは不公平が拡大する可能性がある。
そこで登場するのが「支出税」である。この支出税という税は、年間の消費支出に対して累進税率をかける直接税である。消費税のように、商品を買ったときに税を支払うものではない。所得税と同様に支払方法である。いくら消費支出をしたかは、所得から貯蓄を差し引けばわかる。その消費支出の額に、累進税率を適用すればよい。消費の多い人と少ない人では、税率が違ってくるので、所得税のメリットである公平性と、消費税のメリット(所得税のデメリット)である勤労世代への負担集中排除のメリットを享受できる。
所得税では決して課税されなかった、所得がないのに親の金でベンツを乗り回すような金持ちの放蕩息子にも当然課税できるし、一生懸命働いて得た所得に懲罰的に課税される所得税よりも、消費により享受増加した「効用」に課税されるという点では、精神的にも公平で公正である。
小生の主張は、現行の所得税と消費税を廃止し、この支出税に一本化するということである。利子所得や配当所得などの分離課税も不要である。現金化して、車を買うなど使ったときに課税すればよい。また、所得税廃止に併せ、所得税課税に伴う特別措置や各種控除も廃止し、住宅などの大型投資のみに軽減措置をとることにすれば、税制はかなり簡素化する。年金の一本化や税方式の導入と併せ実行することで、行政制度の簡素化が一気に進み、行政コストは相当な圧縮ができる。また、制度が複雑であるが故の悪徳官僚・政治家のピンはねも抑えることができる。制度信頼が確保でき、冗費の圧縮ができる。
あまりに長々と書きすぎたが、何が言いたいかというと、@年金改革は抜本的に行わなければ将来世代に禍根を残すということと、A抜本的と言うからには税制と一体的に改革しなければ意味がない、B税制と年金の一体的抜本改革は、次なる抜本的行政改革につなげてゆく、ということである。しかるに、政府は全く抜本的とは言いがたい「代物」を「抜本的年金改革」として出してきた。そして、数の力で、小手先の改正が、この期に及んでなされるであろう。真の抜本改革は、残念ながら、次の「改革のとき」に、期待するしかない。年金不信からくる将来不安・経済低迷が一層の少子化につながり、更なる負担増・給付減になる悪循環を、80%以上の働くサラリーマンの立場にたって断ち切らなければならない。間に合わなくならなければよいが。
本当の「構造改革」とは、安全保障、医療保険、公共事業、教育、そして地方分権も含めた行政のあり方などのすべての面にわたる改革を、一体的、抜本的、そして整合的に行うことであり、そのビジョンと「この国のかたち」を提示することである。それもなく、憲法改正もヘチマもない。

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